2007年3月21日 (水)

ブロガー検定?ブログ

Bken
  ょうこ♪さんの記事に面白いものが出ていました。早速やってみると・・・、画面をクリックしてみて下さい。

 たまには気分転換にこのようなものもいいでしょう。

 認定証のところのハズレは、ご愛嬌?

 今日は、4キロの荷物を背負って8000歩のウォーキング。帰宅して水をかぶって、かなり気分転換になりました。

 最近、弘明寺にチョット凝っていますが、徒歩と電車と地下鉄を乗り継いで行きます。

 先日は、心や体の悩みを背負ってくれる、身代わり不動様もあるので、願掛けに行きました。

 目指す図書館は休館日で、弘明寺で2時間半くらい過ごしましたか、お参りをして、家族の分のお守りを買って、縁起のパンフレットを買ったり、灯明を灯したり、境内のベンチに腰掛け、来敬者の様子を見ていました。

 拝観時間が終わるのが5時でした。そろそろ寒くなってきました。話し相手が欲しいなぁと思っていると、気の良い年配の方が話しかけてきました。

 その方の話すまま聞いていると、競馬や宝くじの話。私はいずれもあまり興味がないのですが、は~、へ~、そうですか、惜しかったですねぇ!と相槌を打っているとあっという間に時間が経ちました。

 ブログも同じようなものかな~、市井の方と面識もないのに、お友達になれる。精神的に助け合うことが出来る。興味のあることを、更に深めることが出来る。

 何よりも、こころのふれあいが楽しいと思いました。

 弘明寺で会った方も、サラッと出会い、サラッと分かれて行きました。人生、一期一会。

 地位や収入や世間体に関係なく、こころの裸のお付き合いが出来る。

 「ブログ」・・・・サービス会社がたくさんあって、見方の分からないブログもたくさん有ります。

 私は、シンプル イズ ベストを目指したいなぁ と思うのでした。

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2007年2月14日 (水)

ストレス性心因反応

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 いや~厄介な病気でもう、10年近くなりますか・・・・・昨年は9月までかなり好転していたのですが、仕事がたてこんできたら、今回はうつ状態になってしまいました。そして、クビになりそうながら、医師の診断書をもって、療養休暇をとっています。

 精神病は、今の日本にはまだまだ偏見が有りますが、私はある事件以来、発症して、「PTSD」とも言われましたから、素直に受け止めることが出来ます。

 「精神分裂病」も、遺伝的要素はなく、誰しも発症する可能性のある病気であること、また完治させることが出来ること、が判明し、そのおどろおどろしい病名から、偏見を排すため「統合失調症」と改名されたのです。

 痴呆症が、認知症と改名されたのと同じような部分があるのです。

 で、写真。

 24時間のレストランで、モーニングセットを摂りながら、au携帯とノートPCを使ってインターネットでブログを更新します。

 療養休暇と言えば、仕事もせず、朝はゆっくり起きて・・・・・・、などと思いますか?

 仕事に帰れば、そこは朝から戦場。復帰が近くなればなるほど、リハビリですから、仕事と同じサイクルに持って行きます。

 とにかく、仕事にあわせて、仕事の通常時間、朝起きたら、出かける!

 仕事に近い環境を探す。

 そこで、就労時間を過ごす。

 これが主治医の指示したリハビリです。

 療養休暇って言ったって、のんびりのびのびではありません。

 しかし、仕事に同じ環境なんかないですよね。

 とにかく、仕事の端末に近い、ノートPCでインターネットをやる。

 で、時間が過ぎてゆく。

 そんな、写真です。

 しかし、パケット量が大台に乗ったのが分かりましたから、今日でパケット通信は打ち止め。

 そんな風に、一日を過ごしても、夕方になると、仕事場への連絡で、雑念が涌いてきて、うつ状態に戻ってしまう。
 そこで、水垢離!!

 そして、気力を回復して、こうやって夕方の更新をしています。

 息子は明日、最終志望校の受験!!

 頑張れ!

 追伸:ライ麦パンは大好きです。
 

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2006年3月21日 (火)

本町第二合同庁舎・父上

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 横浜のほぼ中心に位置する、かつて、農林省植物防疫所・生糸検査所。

 日本の輸出する良質の生糸は、明治後半から昭和の初めころまで、世界市場を席巻していたようであります。

 その要衝であった農林省植物防疫所・生糸検査所。

 そこに父は勤めていました。

 春分の日の今日、思いをいたすのは、父親のこと。

 父は私に、純然たる学問・地球物理学なんぞを勧め、また、将来は上級職を望んでいました。

 母は、私の家内に良く言っていました。私の兄弟たちは反抗期がなく、その意味では楽だったと。

 しかし、今気付きました。

 青年期にありがちな、理想を追い求め、既存の圧迫たる両親の庇護を破り、親離れしていく過程が、私にもあったことを。

 中学卒で、出家を志し、高校で文学を志し、精神的にはかなり、両親に反逆をしていました。

 そして、今、取り返しのつかないことをしてきたと、子を持つ親として、いくばくかの無常観を感ずるのでした。

 そして、私が指向するのは、寂漠たる涅槃のとき。

 平たく言っちゃえば、死んじゃうとき、後悔はないかということでした。

 今まで夢中でして来た「仕事」に少し疑問を感じ始めたのです。

 そして、その疑問を正当化するために、今、父親を引き出しました。

 草葉の陰の父親にしてみれば、大変な迷惑でしょう。

 どうぞ、お許し下さい。今から、墓参りに行きますから。

 現職に、あまり欲は御座いませんでしたので、昇格はあまり望んできませんでした。

 何でそうだったのかと、自問自答していました。

 幼少の頃からそうであったように、まず自分ありきだったのです。

 誰も、幼少の頃から憧れがあって、無為自然とそちらへすべての行動が指向されていると思います。

 私は、一族の庇護の下、大いなる学問に志向していました。

 そして・・・・・・・・・・今のテイタラク。     (^^ゞ

 インターネットで「アキノ氏」についてシラベモノをしていて、昭和史に行き当たりました。

 「政治家の歴史的陰謀」?・・・・・・・ほんの個人の意思が地球を動かすわけがございません。

 人間界を多少動かすことはあるでしょうが、人間個人は神ではありません。

 神になりたがる人は多いようですが。

 結局、今、学問と技術が人間界を動かしています。

 学問と技術は、実は愛情の裏返しと言うことができるのです。

 問題は愛情の「対象」です。

 私の生まれながらにしてもっている執着は、カソリックの方と論戦を張るまでも無く、宇宙の意志であり、宇宙の意志は無欲です。

 学問は、人類に対する愛情の表れであり、その意味において、無欲なのです。

 さ、墓参りに行ってきます。

 父は、戦時でもあり、小学校の出で、たたき上げで本省課長までになりました。

 退官のとき、大臣官房から「良くやってくれました。ご苦労様でした。」と直接電話を頂き、大変喜んでいました。

 その給金は、今でも「ひよこ」の私たちに注がれていたのでした。

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