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2007年11月30日 (金)
2007年11月28日 (水)
2007年11月25日 (日)
2007年11月24日 (土)
体調は、良くありません。 セロトニンの分泌が抑えられているようです。
はっはっは、まあ いいか (^^ゞ
夕方、単車で散歩に出かけました。
小一時間ほど走り、途中でイタリアンレストランで、コーヒーを飲みました。

レッド○ブスターのコーヒーに気付くのでしたら、こちらのジョリー○スタのコーヒーにも気付くべきでした。
こちらもホットコーヒーはお変わり自由。300円。私はここのパスタが大好きです。
連休中日、夕食時の店内はパスタやピザを楽しむお客さんがほぼ満席状態。
コーヒーを一杯飲んだら、そそくさと退散いたしました。
伝え聞くところによると、ヨーロッパは日本食ブームだそうで、韓国人や、中国人や、ベトナム人までが怪しい日本料理を出しているとか。
日本政府はNPOを通じて、怪しげな日本食が日本料理に対する誤解を招かざるよう、正当日本料理の店に認定証を出すことにしたとか。
しかし、この方策は実際は、あまり評判が良くないらしい。曰く、日本食のグローバリズムに逆行しているとか。
・・・・・・
つらつら思うに、イタリア料理が日本人の手によって輸入されたとき、イタリア人はどう思ったのでしょうねぇ?
こんなものは、パスタじゃない、とかピザじゃないとか言って、糾弾しようとしたのですかね?
そんなことなかったんじゃないかな~ もとより、相手にしてくれなかったのかも知れませんが。
私が、ベスビオス火山の裾野で食べたスパゲティ ナポリタンは、味も薄くなんじゃこりゃってなものでした。
確かに、パスタに対する考え方が、一瞬変わりました。 本場のパスタ、イタリア人の食べているパスタは旨くないと。
でも、そこの料理店がそういう味付けだっただけで、イタリア中のパスタを食べ歩いたわけじゃないですから、イタリアのパスタを語るのは、早計だったわけですよね。
ところが、20年経って、日本にもそこのパスタと同じ味のものを出す、イタリアンレストランチェーンが出来ました。
ある意味、本場の味です。家族で良く行きますが、ピザは美味しいです。しかし、私はそこのパスタはけして、食べません。イタリア人がそのパスタを食べたら美味しいのでしょうか?
ヨーロッパで外国人が創る日本食も同じでしょう。
商業ベースに載せるには、最大公約数を取らねばなりません。つまり、たくさん食べてもらえる「日本食」を創り出すところが生き残るのです。
奇妙奇天烈な日本食が伸びてゆくかもしれません。目くじらを立てることはないと思います。
まだまだ、ヨーロッパの日本食は、現地日本人のために日本人によって作られているのが現状でしょうから。
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2007年11月22日 (木)
2007年11月19日 (月)
4年近く前、仕事のために、ノートPCを購入して、ソフトを揃え、三十万円近い投資をしました。
ノートPCに構築されたシステムは、順調に成長して、かなり仕事を省力化し始めていました。
しかし、ウイニーウイルス情報流出騒ぎで全て水泡に帰しました。
それまでは、もともとFACOM9450が職場に導入された頃から、コンテストに参加し、コンピューターの可能性を追い求めてきました。80年代後半からです。
没頭していたと言っても過言ではありません。
そして、仕事でも実績を上げ、ヨーロッパへの一ヶ月間に及ぶ研修もこなしてきました。
横浜の支社でも、仕事で怖いものはなく、抜群の実績を上げ、本部から頂いた表彰状を並べて悦に入っていました。
しかし、良いことはいつまでも続きませんでした。
まず、父が急逝しました。
心筋梗塞でした。
今思えば、その頃から、何かをなくし始めていました。
そして、精神科へ通う羽目になる事件が起きました。
亡くなった人もありました。
私も、家族も死ぬ思いをしました。
そして、精神的に追い込まれ、当時は妄想を抱くようになっていました。
診断書に書かれた病名は「ストレス性心因反応」、体調を崩し、ころころと転がるように係り換えとなり、病状も数ヶ月の大きな周期で、変化し、安定しませんでした。
それでも、趣味でもあるパーソナルコンピューターが私を救ってくれていました。
総務係で、再び、仕事の合理化、省力化のために、持込のPCでシステムを立ち上げたのです。
本部にアピールしながら、過去の遺物をスキャナーを使って電算化し、膨大なデータベースを創ろうとしていたのです。
それが情報流出騒ぎで、持ち込みのPCは実質使用禁止となりました。
データベースは廃棄されることになってしまいました。
外部記録メディアはことごとく、使用禁止になりました。
もともと、自宅では、インターネットの以前、電話線を介したコンピューター網に早くから参加していましたから、ウイルスや、ハッキング、クラッキング等の情報はいち早く入手していました。インターネット以前に、雑誌の付録のフロッピィからウイルスに感染したことも有りました。
弟は、中央研究所の電算機にそのウイルスを感染させて、えらい騒ぎになりかけました。
そこで当時は、電子ウイルスを集めたりしていました。
私は、それらの驚異をインターネット以前に知っていたのです。
データのサルベージ:復活も知っていました。感染したコンピューターからデータを抜き出すお手伝いも何台もやってきました。
エンジニアの苦労も知っていましたし、著作権の重要性も認識していました。
ですからウイニーには手を出していなかったのです。
個人情報の重要性の認識も、一千件に上る自宅の住所録が暗号化されて、オフラインの状態になっていることでも分かって頂きたいと思います。
仕事用に購入したノートPCは、ランダムライトされ仕事のデータを全て消去されて、息子のお勉強道具となっています。
我が家には光回線が入りましたが、サーバーは構築していません。
インターネットメールソフトも、独自のものを使用し、OE:アウトルックエキスプレスも使用していません。
バックアップ用にLinuxマシンを使用しています。
世界中のWINDOWSマシンがダウンしてもLinuxマシンは通信を確保します。
職場から、撤収した私のマシンは、どうしようもない私のジレンマを物語っているようです。
恐竜は死に絶えました。
私はねずみになりたいのです。血の通った哺乳類です。
のた打ち回る恐竜に踏み潰されそうですが、どうも今のうつ状態は、その辺から来ているような気がしてきました。
職場のシステムをフル稼働させるにはどうしたら良いか、現場からのフィードバックをどうしたら良いか、考えてみようと思います。
来年は、ねずみ年です。
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2007年11月18日 (日)
2007年11月17日 (土)
2007年11月15日 (木)
減量が功を奏して、もう少しで薬が必要なくなりますと医師から有り難いお言葉。
写真は早くも登場した、レストランのクリスマスツリー。
昨晩は、熊さんと7年ぶりくらいに飲みました。
とても嬉しかったです。
写真はディエゴ。英語とスペイン語を話す友人のうちの一人です。
熊さんとショットバーでおごりつ、おごられつつ、楽しいひと時を友人達と過ごしました。
楽しい酒が飲めるのは、精神的に調子が良い証拠です。
しかし、油断は禁物です。
昨年の秋口も、仕事のメンバーと楽しくアフターファイブを過ごしたはずでした。
コツコツと仕事をこなし、少しのお酒を嗜み、早く寝て、法要を欠かさず、仏を念じて、過ごしてゆきましょう。
先は長いのです。
それより、体調を崩した妹が心配です。
南無~ (=人=)
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2007年11月11日 (日)

夕方、ウォーキングへ出掛けようと表に出た途端に、私の上だけ掻き曇り、大粒の雨がざーっと降ってきました。
写真のような青空が広がっていたのに・・・・・
目の前の自宅にも帰るに帰れず、自宅を出たところのコンビニの軒先で、雨宿りをしていると、嘘のように上がりました。
観音の真言、おん、ろけいじんばらきりくそわか!
観音信仰は日本中に古くから有ります。仏教に出てくる、衆生をお救い頂く菩薩さまで、仏様より位は低いのですが、地神信仰と深く関わって、民衆に浸透したようです。
「観世音」、つまって「観音」とは、世間の声を良く聞き給うという意味だそうです。
雨が上がり、観音真言を唱えながら、予定通りウォーキングを始め、約9000歩。
秋になって、食欲がメキメキ出てきています。
減量も、一年経って成果を上げたので、少し気がゆるんで体重が減少から反転、増加し始めました。
夕方、ひとり暮らしの父に誘われて迎えに行き、家族で中華料理を食べにバーミアンへ。
原宿交差点近くの、ここの料理は美味しかった。
あ~カロリーが!!
ウーロン茶をがぶ飲みしました。
おなか一杯!!
父も元気。お父様ご馳走様でした。
南無~ (=人=)
2007年11月10日 (土)
今日の横浜は小雨がぱらぱら降っているのでした。
気持ちが高揚し、夢中になれるものはないか?
休日の今日も、冷たい雨で釣りも単車もお預け。
では、もうひとつの趣味、コンピューターは?
LINUXマシンは壊れたまま。
何もする気が起きず、布団の中で本を読んで過ごしてしまいました。
読んでいる本は仏教に関する本です。
そして、うつらうつら眠りに落ちます。
そして、午後3時。
おもむろに起きだして、コーヒーが飲みたくなりました。
外は雨。
ウォーキングもお預け。
車でコーヒーを飲みに行くことにしました。

DONから頂いたおいしいコーヒーがまだあるのですが、自宅にこもったままで出掛けないと、なんか物足りないような気がして、お気に入りの店員さんがいるレッドロブスターへ行くことにしました。
今日は、ガンボスープも飲みたかったのですが、メニューで、ふと目にとまったソフトシェルクラブ。
脱皮したてのかにを揚げたものです。
とても柔らかい。
しかし、少々かわいそうな気がしました。
やっと、脱皮したのに・・・・
明日は、私が脱皮をしにお寺へ行きます。読経、座禅、修行。
こころの病から、立ち直りたくて通い始めたのです。
変わりたいのです。
こころから信じています。
今は、甘酒がおいしいなぁ。
熱いのを、すすって飲んでいます。
きっと変われる。
変わることが出来ると信じています。
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2007年11月 7日 (水)

先日、名古屋から遊びに来てくれた中学の同級生:もんた君が、翌週伊良子崎から釣りに出たと、釣果を送ってくれました。
魚送ります、という携帯メールの届いた翌日の朝、発泡スチロールの箱に鯛が四匹も入って届きました。
大変美味しかったです。中学校で行った遠足の伊良子岬を思い出しながら、舌鼓を家族で打ちました。
もんた君、有難う。
今日、街で、五年ぶりくらいの友人にバッタリ!
声を掛けられて見ると熊さんでした。
単身赴任で1ヶ月くらい来ることになったとのこと。
また旨い酒が飲めそうです。
彼のキャラクターと、世界中の放浪記は最高に楽しいのです。
うわー楽しみだな。
仏さまが、私を落ち込ませません。
そんな気がするなぁ。
南無~ (=人=)
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2007年11月 6日 (火)
2007年11月 4日 (日)

携帯で撮った写真を整理しているときに目についた、伊豆大島の三原山裏砂漠。
昨年の2月はじめ、1ヶ月間に及ぶ無休の勤務で、神経過敏が出て、養生に伊豆大島へ渡りました。
伊豆大島を周回するワインディングと、三原山の裏砂漠。交通量も少なく、天国でした。
写真のはるか遠くに見えるたて看板が車両進入禁止のたて看板です。
体重を12キロも落としたので、もう一度チャレンジしたいと思うのでした。
地図を見て、無限の軽石のダートを疾走し、三原山を越えて、島の反対側へ出ようと思ったのですが、途中で車両進入禁止の看板に阻まれたのでした。
ツーリングGOGOの取材で女性ライダーがXR50で走っていました。
宿舎で一緒になりましたが、ご挨拶をしただけになってしまいました。もっと積極的になるべきだったなぁ。
人生には様々な出会いが有りますが機が熟していないと、瞬時の出会いとなってしまいます。
機が熟すのは天の時。
全ては仏のミテに有ります。
後およそ10年。どんな出会いがあるでしょう。
伊豆大島へは、東京竹芝桟橋から、大型客船で250CCまでの単車なら手荷物扱いで運び込むことが出来ます。
料金は燃料代の時価となります。
私が行ったときは、片道7000円くらいでした。
無限のダートはなかなかないと思いますので、そこそこのお値段だと思います。
車両進入禁止の看板まで月面のような砂漠が広がっていますから。
島内には林道も走っています。
島の周回道路は総延長確か53キロくらいですが、オフロード車でしたら天国と言えるでしょう。

勿論、速度取り締まりもありますよ~と大島在住のライダーからのコメントも頂きました。
わっはっは
事故だけは注意しましょう。
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2007年11月 3日 (土)

B 私はここの中華料理を旨いと思ったことがないのです。それでも家族は喜んでここへ行きます。
B はどこの店も混んでいます。お客さんがたくさん入っているのです。安いからかな?
今日は買い物に、運転手兼荷物持ちとして付き合って、出掛けたのでした。そして昼食。
食材に罪はない。このキクラゲは美味しかった。
私は、長期減量中で炭水化物を控えていますから、注文はしませんが、家内が注文したレタスチャーハン。
窓から差し込む、昼光の逆光で、携帯のマクロモードを使って、このように写せます。
家内と息子、娘がそろってau携帯を更新しました。
私もと勧められましたが、私は耐水、耐衝撃のこの携帯が気に入っていますし、後継機種で同じようなものは出ていません。
画像のSXGAもご覧のとおり過不足なく、ブログで使用できます。
欲を言えば、もう少し軽く薄く・・・なればいいなぁ
「世界のCASIO」さん頑張って!!
私のこころの病の方ですが、早起きをして、出掛けられるようになればなぁ。
もう少しです、きっと。
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2007年11月 2日 (金)

神奈川県三浦半島の久里浜から東京湾フェリーで千葉県房総半島へ渡ると、そこは金谷という町です。
古くから江戸、横浜へ石を供給していた房総半島の館山の石切り場へ、道具である金物を作っていたのがこの旅館の前身です。
すなわち、「かぢや」は「鍛冶屋」
江戸時代、寛永年間、館山の石切り場から東京・横浜へと往来する人たちの需要で、旅館を始めたそうです。
ですから創業は今年で150年になるそうです。
写真は美人女将。
看板の「創業135年」は15年前に作った看板だからだそうです。
若女将は中で仕事に励んでいました。
宿は3週間先までほぼ満室。
最近、みのもんたとテレビにまた出ましたから、いっそう忙しくなるでしょう。
なんといっても歴史を感じさせます。
横浜からの単車でのアクセスは、東京湾横断道路アクアライン経由、館山自動車道路が空いていて快適、千葉に渡ると空気も美味しくなり、館山自動車道路は出来たての綺麗で空いている道路です。
料金は、首都高速600円、東京湾横断道路3000円弱、館山道路1000円弱、で「富津金谷」に到着します。
料金所を出て、すぐ左に裏道が有ります。細い道で、宿へ直行です。
三浦半島回りという手も有ります。横浜横須賀道路を南下して、衣笠か佐原まで1000円前後、東京湾フェリーで金谷へ、フェリー代は、私の250CCの単車で運転手込みで1540円。
フェリーの乗船時間は30分くらい。
旅の旅情を・・・・
老舗の旅館を起点に、房総半島を暴走!!
わっはっはっは
(^O^)/
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