単車の世界、ダートトラッカー!!
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木漏れ日の下の、ホンダの単ころダートトラッカーとおぼしき単車を発見!!
考えてみると単車を降りて20年近くなっていた。
かつて無名だったが、横浜で規模で言えば3番目に大きいと思われるクラブ員40名弱のツーリングクラブのリーダーをやっていた。
本拠は港南台「ホンダ販売**」、現在は息子さんの代になりつつある。クラブ名は「トルツーガ」。
イタリア語で「亀」を意味した。この名称が私たちがどんなツーリングを目指していたか、お分かり頂けるのではないかと思います。
系列店との合同ツーリングは、なんと130台近くになり、湘南の西湘バイパスまでの海岸線の直線は、見渡す限り、我らが仲間だった・・・・なんてツーリングをやったことがあります。
しかし、明らかに「暴走族」とは一線を隔していて、当時改正道路交通法施行に伴い、「ツーリング」をするために、所轄交通課に伺いを立てたり、全員緑腕章をしてみたり、整然と並んで走っていて、交通安全に努め、マナーを重視していました。
それでも、130台のツーリングでは、確か3台以上が、無事の帰還ができなかった。
クラブ「トルツーガ」には、様々なメンバーがいました。
一晩で、青森から一般道を帰還する東京都立大探検部の人(この人のおかげで私は「気球」という貴重な乗り物を経験しています。)、 ナナハンのタンクに、ビデオカメラを搭載している人、江ノ島の大橋を全部ウイリーで渡りきる人、ハンドルを持ってシートに片足で立つ人、マックスターンを得意とする人、サーフボードのテストライダーの人、イギリスにツーリングに行っちゃった人、奥さんがミス横浜だった人、パソコンの達人、霊がよく見える人・・・・・などなど。
みんな今頃どうしているのか、そういえば連絡とってないないなー
当時、私は「フリーター」のはしりをやっていて、大学院をおん出てきていたのでした。
<みちのく旧車ミーティングの地>
ええ、もちろん、男は一生青春だと思っています。そんなロマンを思い出させる場所です。私が単車を乗り始めた信州よりも俗化されておらず、私にとって聖なる地です。
雪の「みちのく記念館」は・・・・・・・・・・・・・・・太郎を眠らせ、次郎を眠らせ、W1を眠らせ、メグロを眠らせ・・・・・・
厳しい冬をすごした後、春の訪れとともに、手入れをした単車にまたがる。都会の喧騒を離れ、山野を走り抜ける。
年に一度のミーティングを楽しみに、今日はねよっと(^O^)/
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コメント
バイクは何でも良いのです。乗ることが大事です。
ここ数年、バイクに乗ることが少なくなったので自問自答するこの頃です。
投稿: 愛輪塾@みちのく | 2005年12月30日 (金) 07時58分